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2013年大河ドラマは新島八重

2013年大河ドラマは新島八重
被災地・福島から元気を発信


 6月22日、NHKは2013年に放送する大河ドラマの主人公を新島八重にすると発表した。新島八重は我が同志社大学の創設者新島襄の妻である。大河ドラマは世相を反映することが多く、今回は3月11日に起きた東日本大震災に関連して急遽、新島八重の故郷、被災地の福島を舞台にする。果たして新島八重とはどんな女性だったのか。


 大河ドラマの題名は「八重の桜 」。幕末から明治までの、まさに激動の時代に活躍した八重の躍動感溢れる姿が描かれる。

 「幕末のジャンヌ・ダルク」と呼ばれた新島八重は、弘化2年(1845年)11月3日、会津若松鶴ヶ城郭内で生まれた。この時代の女性はおしとやかというイメージが強いだろうが、八重はその女性観から大きくかけはなれていた。八重は兄と弟にはさまれて非常に男っぽく育った。その活発さは「会津戊辰戦争」の著者平石弁蔵に宛てた手紙に、「私は十三歳のとき、四斗俵を四回も肩に上げ下げしました」と記されているところからも見てとれる。また、戊辰戦争では自ら洋式銃で戦い、故郷会津若松のため、越後から攻め寄る薩兵に対し奮戦した。

 元治2年(1865年)頃、八重は当時八重の家に寄宿していた洋学者、川島尚之助と結婚。その3年後の戊辰戦争で父や弟を戦争で亡くし、さらに夫の尚之助も開城に先立って城外に去っていった。八重は戦争ですべてをなくしてしまった失意の中、京都で役人をしている兄の山本覚馬をたよりに京都にやってきた。洋学者でもある兄の影響で英語を学ぶようになり、京都に来てからは洋髪洋装の婦人として生まれ変わった。また、英語を学びながらキリスト教にも接近していき、新島襄と運命の出会いを果たす。  

 今回の大河ドラマは被災地応援プロジェクトの一環である。劇中で描かれる幕末混乱期を生きた八重の、どんな逆境にも負けない生き生きとした姿が、日本に元気を与えることを期待したい。【杉本良晄】

【参考文献】山本覚馬・新島八重-その生涯(1989年)
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